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  • iwata-hiroki

不連続終活小説 Nさんのエンディング⑩

 ところで、遺言書には、相続に関する自分の意思をはっきり示し、親族間の争いを防ぐという機能の他に、相続手続を簡単にするという機能がある。

 まだ開業間もない頃、事務所の近くに住むSさんから電話があった。遺言書の作成について相談したいという。聞いてみると、60歳を過ぎて初めて結婚し、夫婦の間に子供はいないという。妻は45歳で、結婚して5年になるそうだ。

 Sさんによると、心臓に持病があり、最近体調がよくないという。主な財産は現在夫婦で居住しているマンションで、固定資産税評価額は1000万円ほどらしい。兄弟が5人いるというので、このままSさんにもしものことがあれば、このマンションを奥さんが4分の3、兄弟5人で残り4分の1を分け合い、それに応じた持分で共有することになる。もし兄弟の何人かがすでに亡くなっていれば、相続人が10人を超えて、持分が60分の1とかに細分化される可能性もある。

「いつコロッといってもおかしくないと医者に言われてましてね。妻はまだ若いので、後のことはちゃんとしておいてやらないとと思いまして。まあ、うちは兄弟仲は悪くないので、遺言なんか書かなくでも、みんなで話し合って妻に譲ってくれるとは思うんですが、なんとなく心配で。遺言書がないと、何か支障とかあるもんですか?」と問われ、私はこう答えた。

「そうですね。まず、話し合い、つまり遺産分割協議がすんなりまとまるとは限りません。亡くなった後に態度が変わる人もけっこういますよ。ゴタゴタした末に、マンションを奥さんの名義にするために、単純計算で250万円をご兄弟の方々に支払わなければならないなんてことにもなりかねません。そうすると、結局マンションを手放さなければならなくなることもあります」

 Sさんは、なるほどと言ってうなずいた。

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このようなケースでは、以下のような書類が必要となる。 ①通帳裏表紙のコピー ②マンションの登記事項証明書 ③マンションの固定資産税納税通知書 ④Nさんと弟さんの親族関係を示す戸籍謄本 ⑤Nさんの印鑑証明書 「このうち、通帳コピーと納税通知書は今写真を撮らせていただきますね」 私は、携帯を取り出して撮影した。あとはデータを事務所の複合機に飛ばしてプリントアウトすれば済む。 「登記事項証明書というのは

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ここで、私は考えを巡らせた。Nさんは、親の遺産でこのマンションを買ったという。だとすると、共同相続人であったと思われる弟は姉の財産状況をある程度把握し、もう80歳を超えた姉の遺産がすべて自分のもとに来ることを期待しているかもしれない。その弟が、遺産の大半が第三者に渡されるという遺言書を見てどうするだろうか。形式的な不備をあげつらって遺言の無効を主張することもありえるし、ことによると破棄したり隠した

不連続終活小説 Nさんのエンディング⑯

「他に、株とか投資信託とかはお持ちじゃないですか?」 「いいえ、他には何にもありません」 「そうですか。ありがとうございました」 と言って、私はシートをめくって備考欄を開いた。 このまま何もしないでNさんが亡くなったとすると、遺産はすべてNさんの弟が手に入れることになる。遺言書をつくりたいということは、そうはしたくないということを意味する。何か嫌な予感がした。 「ざっと、7500万円の財産をお持ち

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