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  • iwata-hiroki

不連続終活小説 Nさんのエンディング⑱

 このようなケースでは、以下のような書類が必要となる。

①通帳裏表紙のコピー

②マンションの登記事項証明書

③マンションの固定資産税納税通知書

④Nさんと弟さんの親族関係を示す戸籍謄本

⑤Nさんの印鑑証明書

「このうち、通帳コピーと納税通知書は今写真を撮らせていただきますね」

 私は、携帯を取り出して撮影した。あとはデータを事務所の複合機に飛ばしてプリントアウトすれば済む。

「登記事項証明書というのは、いわゆるトーホンのことです。インターネットで請求できるので、私の方でお取りしますね。それと、委任状をいただけば戸籍もこちらで取得できますが、いかがいたしましょう?」

「なんだか悪いわね。近くの区役所へ行くだけなら、私が取ってきますよ」

「いや、そうはいかないと思いますよ」

 私は、弟さんが長野在住であることを思い出した。おそらく、弟さんが実家を継いだ形になっているのだろう。

「Nさんの本籍はどちらになっています?」

「はい、中区です。このマンションを購入したときに本籍も移しましたから。中区役所でもらえばいいんでしょ?」

 その場合、中区で発行されるのは「現在戸籍」というものだ。ここには、兄弟姉妹に関する記載はなく、弟さんの相続人たる地位が証明できない。そうなると、Nさんが親の戸籍に入っていた当時の戸籍を取るしかなさそうだ。これを「改製原戸籍」という。コンピューター化される前の縦書きのものだ。

「そうですか。なんだかややこしそうですね。そうしたら、お願いできますか?」

「かしこまりました。長野のときの本籍とお父様のお名前を教えていただけますか?」

「はい、父の名前は・・・・・・」

 戸籍は、筆頭者と本籍地で特定される。今必要としているのは、お父さんが筆頭者となっていて、そこにNさんと弟さんが入っているという形の戸籍だ。私はそれらの情報を書き止めると、最後の説明をした。

「あとは印鑑証明書ですが、これはご自分でもらってきてください。最後に公証役場で認証を受けるときにもってきていただけばけっこうです。今は、本人確認書類として保険証の写しをいただいてもいいですか?」

 私は、Nさんが差し出した保険証を携帯で撮影した。公証役場との打合せの際は、とりあえずこれで事足りるはずだ。

「では、文案ができましたらお送りします。確認していただいて、それでよければ公証役場に提出してチェックを受けます。今日だいぶ新しい情報も得られたでしょうから、あらためて内容を検討していただいてもいいかもしれません。それも含めて修正すべき点があればご指示ください。そのままでいいという場合も、その旨ご連絡くださいね。数日中にはこちらに届くと思います」

「分かりました。ご面倒おかけしますが、よろしくお願いいたします」

 Nさんは静かな口調で言った。

 それから二日後には遺言書の文案を起草し、郵送した。しかし、1か月経ってもNさんから何の反応もなかった。


※この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一部を除いて関係ありません。

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