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  • iwata-hiroki

不連続終活小説 Nさんのエンディング⑰

 ここで、私は考えを巡らせた。Nさんは、親の遺産でこのマンションを買ったという。だとすると、共同相続人であったと思われる弟は姉の財産状況をある程度把握し、もう80歳を超えた姉の遺産がすべて自分のもとに来ることを期待しているかもしれない。その弟が、遺産の大半が第三者に渡されるという遺言書を見てどうするだろうか。形式的な不備をあげつらって遺言の無効を主張することもありえるし、ことによると破棄したり隠したりということもないとは限らない。何しろ唯一の相続人なのだから、遺言がなかったことにすれば、普通に戸籍を集めて法定相続の手続をすることで法務局だろうが銀行だろうが全財産を承継するということで通ってしまう。

「多少イレギュラーなところもありますし、やはり公正証書遺言の方が無難だと思います」

「そうなんですね。私も何となくそうしたいと思っていました。それから、自分が亡くなったときに他の方には一切迷惑をかけたくありませんから、病院の支払いとか税金の納付だとか、それから自宅の片付けとか、そういったことを優先してもらうようにはできますか?」

「はい、大丈夫ですよ。遺産のすべてをお金に換えて、そこから払うべきものを払った残りを誰々に渡すというような書き方になります」

 これを、処分清算型遺贈という。

「その手続きは先生がやってくださるの?」

「ええ、遺言執行者といって、遺言の内容に基づいて各種手続を進める者に指定していただければ可能です」

 ちなみに、平成30年の民法改正で遺言執行者の権限が明確化され、よりスムーズに相続手続を進めることができるようになった。

「ただ、私に依頼されると費用がかかってしまうので、弟さんを指定してもいいかもしれませんね」

「いえ、弟にはあまり関わらせたくないので、先生にお願いします」

 Nさんは、あまり間を置かずに言った。

「承知しました。では、その内容で文案をお作りします」

 と言いながら、私は聴き取りシートをクリアファイルに収めた。

 すると、Nさんから「そのために私が何か用意することはありますか?」と尋ねられたので、「はい、以下のものが必要です」と言って、私は説明を始めた。


※この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一部を除いて関係ありません。

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