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  • iwata-hiroki

不連続終活小説 Nさんのエンディング⑦

 Nさんのような相談を受けた場合、次のような対応が思い浮かぶ。

・任意後見契約

・財産管理契約

・遺言書作成

・死後事務委任契約

 このうち、任意後見契約というのは、今はまだ認知症ではなく判断能力もしっかりしているが、それを失ってからでは自分で何も決められなくなってしまうので、今のうちに誰を後見人にしてどのようにサポートしてもらうのかを契約しておき、将来認知症がひどくなったときに備えておくというものだ。

 その際、財産管理契約を組み合わせることがままある。判断能力が著しく減退する前ではあっても、体が不自由であったり自ら財産を管理することに不安があったりする場合に、われわれ専門職に代理権を与えて預貯金の管理をさせたり、重要な法律行為を行わせるというもので、後見が発動するまではこちらで対応するという感じだ。

 Nさんの場合、かなりしっかりしているようなので、直ちにこれらが必要とも思われない。どのような希望をもっているのだろうか。

 「実は、ステージ4の肺がんを宣告されていまして」

 彼女は静かな口調で淡々と言った。私は虚をつかれ、一瞬時が止まったように感じた。

 Nさんからは、何の表情の変化も読み取れない。諦念なのか覚悟なのか、ここまでの平静さに至るまでの心痛は如何ばかりだったろうかと思う。私はとっさに言葉が出ず、「そうですか・・・」というのがやっとだった。

「それでね、まずはちゃんと遺言書を残したいんです」


※この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一部を除いて関係ありません。


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