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  • iwata-hiroki

不連続終活小説 Nさんのエンディング③

 Nさんのご自宅は、表通りから少し入ったところにあった。この地域にしては、割と閑静な住宅街だ。まだ新しいなかなかお洒落なマンションで、エントランスにはオートロックが施されている。

 その9階に、Nさんの部屋があった。玄関を開けて出てきたのは、やはり80代に見える女性だった。長身でスラっとして姿勢もいい。金縁の眼鏡が知的な印象を与える。

 「わざわざ申し訳ありませんねぇ。どうぞお入りになって」

 と言って、Nさんは私を招じ入れた。玄関も廊下もきれいに片づいている。

 居間に入って勧められるままに椅子に座り、辺りを見回す。センスの良さそうな家具が必要なだけあるといった様子で、生活感に欠けると言ってもいいぐらいにさっぱりしていた。

 司法書士は、いわゆる専門職のなかで最も多く成年後見人に就任している。私も、これまで10人以上の方の後見人を務めてきた。その中には、自宅をゴミ屋敷にしてしまった高齢者も何人かいた。こういう方が施設に入所する場合、自宅を整理して何もない状態で売るなり返すなりするのが原則で、それも後見人の職務だ。といっても、後見人が自らトラックでゴミや家具を運ばなければならないというわけではない。それを業者に依頼してゴミ処理や中古品の売買契約を結ぶというのが後見人としての法律事務の内容である。ところが、実際には肉体労働を余儀なくされることも少なくない。


※この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一部を除いて関係ありません。


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