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  • iwata-hiroki

不連続終活小説 Nさんのエンディング⑭

 前述のとおり、われわれ法律専門職が扱う遺言書の多くは公正証書によるが、以下のような場合には自筆証書を選択することもある。それは、余命幾ばくもない状態で時間的余裕がない場合や、以下の要件をすべて満たすような場合だ。

①相続人が遺言の内容に異を唱える余地がない

②相続する人としない人との間でしっかりと合意ができている

③相続人代表者が検認の手続をすることを厭わない

 これで、依頼者が公証役場に手数料を払う経済的余裕がないとか、あるいは払いたくないというのであれば、自筆証書でもいいと思う。そのときは、依頼者の親族関係や財産状況を聴取し、その希望に基づいて遺言書文案を作成し、その内容でよければ自ら自筆してもらうことになる。そして、その遺言書が民法968条1項の要件を充たしているかどうか最終的な確認をし、その保管方法についても助言するというサポート内容になる。

 Nさんの場合はどうだろう。それを判断するためには、もちろん親族関係や財産状況、さらにどのような希望をお持ちか聞かなければならない。

「それでは、まずはご親族のことをお聞きしますね。お子さんはいらっしゃらないということですが、ご兄弟はみえますか?」

 配偶者と子がいない場合、親か兄弟姉妹が相続人となる。Nさんについては、その年齢からいっても、ご両親のことは考えなくてもいいだろう。

「ええ、弟が一人。長野のほうに住んでいます」

 この年齢で兄弟が一人というのは意外な気がした。つい最近も、同じ世代の方で8人兄弟の事案を扱った。もしかしたら、すでに亡くなっている兄弟姉妹がいるかもしれない。そして、その人に子がいれば、その子も相続人となるので、重要なポイントだ。

「もう亡くなっている方とかはいませんか」

「いいえ、もともと二人きりの姉弟でした」

「そうですか。それでは、たいへん不躾ですが、お持ちの財産のことをお聞きしますね」

 私はそう言って、鞄の中から財産概要聴き取りシートを取り出した。


※この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一部を除いて関係ありません。

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