不連続終活小説 Nさんのエンディング⑧
「そうですか。では・・・」
私は、動揺を隠しきれないままいつものように説明を始めた。
「遺言書の形式には、自筆証書遺言とか公正証書遺言とかいった種類があるのはご存知ですか」
「ええ、自分なりに少しは調べましたので。でも、私の場合はどちらがいいのか判断がつきかねますので、教えていただけますか」
Nさんは、相変わらず落ち着いた口調でそう言った。
自筆証書遺言とは、文字どおり全文を自筆で記す遺言のことで、民法にはこんな規定がある。
「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない」(968条1項)。
いたってシンプルな条文だ。この規定にさえ従えば、有効な遺言書が作れるということになる。ただ、遺言者が亡くなった後にその遺言書を使おうとする場合、「検認」という手続が必要になる。要は近くの家庭裁判所で遺言書に「検認済証明書」というのを合綴してもらい、割印をもらうだけのことだが、相続人の誰かが裁判所まで出向かねばならず、一般の方にはややハードルが高い。
一方、公正証書遺言は、自宅で紙とペンを使って完結するというようなものではなく、けっこう手間がかかる。戸籍や印鑑証明書等の必要書類を用意し、公証役場というところと打ち合わせをして遺言の内容を詰め、決められた日に証人2名を連れて役場に行き、原稿用紙みたいな紙に印字された遺言書に全員で署名捺印するということが必要になる。
さらに、これにはまあまあ費用がかかることもネックとなる。例えば、2000万円の自宅土地建物と1500万円の預貯金をすべて妻に相続させるという遺言書の場合、公証役場に4万円の手数料を払う必要がある。手続や証人を司法書士に依頼すれば、5万円程度かかるのが普通だ。
それでも、公正証書を選ぶ人は多い。毎年コンスタントにだいたい10万件の公正証書遺言が作成されている。われわれ司法書士が業務として遺言書作成に携わる場合、基本的には公正証書遺言だ。そのメリットは、やはり確実性だろう。
※この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一部を除いて関係ありません。
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ここで、私は考えを巡らせた。Nさんは、親の遺産でこのマンションを買ったという。だとすると、共同相続人であったと思われる弟は姉の財産状況をある程度把握し、もう80歳を超えた姉の遺産がすべて自分のもとに来ることを期待しているかもしれない。その弟が、遺産の大半が第三者に渡されると...
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