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不連続終活小説 Nさんのエンディング⑥

iwata-hiroki

 

 促されるままダイニングのテーブルに座ると、程なくして湯呑を乗せたお盆を持ったNさんが向いに腰を下ろし、

「お電話でも少しお話ししましたが」と話し始めた。

「もうこんな年齢になりまして、子供もなくて一人暮らしなものですから、これからのことが心配で。ここで孤独死なんてことになって人様に迷惑をかけたくないですし」

 と言いながら、Nさんは湯呑を私の前に置いた。

 そういえば、近ごろ孤独死を思わせる戸籍を時々目にする。

 われわれ司法書士は、弁護士や行政書士と同様、職務に必要な範囲において、職権で依頼者及びその親族の戸籍を取得することができる。相続登記の場合、相続人が数十人におよぶことも珍しくない。そうなると一件でかなりの数の戸籍をチェックすることになる。

 通常、誰かが亡くなったことは、戸籍上「○年○月○日午後2時50分名古屋市中区で死亡」など時刻まで特定されて記載されたりするが、たまに「○月○日頃死亡」というのにあたることがある。これにより、その人が誰にも看取られずに亡くなり、死後数日経ってから発見されたということが分かる。

 その他にも、いわゆる「おひとり様」の戸籍もよく見る。結婚して夫婦の戸籍をつくったり、子どもが生まれて自分の戸籍に加わったりという出来事のないまま、親の戸籍のなかに留まっていたり、あるいは自分ひとりであらたに戸籍をつくったりというケースだ。今ではけっして珍しいことではない。

 このように、戸籍は個人情報の宝庫だから、正当な理由もないのに職務上の請求をしてはならないというのは当然である。にもかかわらず、これを不正利用して懲戒処分を受ける者がたまに出てくる。探偵業者等に請われて、虚偽の理由で職務に関係なく他人の戸籍をとるのである。つまり、職権を売るのだ。人探しを業とする探偵にとっては、われわれのこの職権は、それはもう垂涎の的だろう。いったい、いくらもらったのか知らないが、そのようなことに手を染めようという心境が理解できない。


※この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一部を除いて関係ありません。

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