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iwata-hiroki

不連続終活小説 Nさんのエンディング⑮

「こちらのお住まいは、Nさんご所有ですか?」

「はい。5年ほど前に購入しました」

「なるほど。名義はNさんだけですか」

「ええ、そうです」

 遺言書に財産を表示する際、単独所有であるか持分の共有であるかは明示しなければならないので、これも重要な要素だ。

「申し訳ないんですが、固定資産税の通知書かなにかあれば拝見したいんですが」

 Nさんは、「はい」と言いながらすぐ近くのサイドテーブルの引き出しから封筒に入った書面を差し出した。

 名古屋市の固定資産税納税通知書だ。これを見れば、このマンションの固定資産評価額が分かる。専有部分と敷地に分けて記載されているが、合わせてざっと2000万円というところだ。この金額が、公証役場に支払う手数料の基準となる。そのことを説明すると、Nさんは「あら、もうそんなに値段が下がってしまったんですか」と目を見張った。

「いえ、固定資産税評価額と実勢価格は別ですから、実際の価値はもう少し高いと思いますよ」

 今売却すれば、2500万円といったところだろうか。

「ちなみに、住宅ローンとかって、どんな感じですか?」

 と私が聞くと、Nさんは

「お金は借りていません」と言った後、

「親の遺産がありましてね」と言い訳をするように後を継いだ。やはり、あまり多くを語ろうとしない。

「では次に、預貯金のことをうかがいますね。口座はいくつかお持ちですか?」

「ええ、定期を入れて5個あります」

 私は、

「それでは、恐れ入りますが、ここに銀行名、支店名、口座番号、それから現在のだいたいの残高を書いていただいてもいいですか」と聞いた。

 遺言書には、銀行名、支店名、口座番号を記載して預貯金口座を特定するが、残高を記載するわけではない。残高は常に変動し、数年後か十数年後になるか分からない相続発生時の金額など分かりようがないからだ。ただし、その額は公証役場の手数料の算定根拠となるので、聴取はしておかなければならない。

 私は、財産概要聴き取りシートをNさんの前に置いて記入場所を示した。Nさんは、あらかじめそろえておいてくれた通帳を開き、記入していった。

「これでいいかしら」と手渡された書面にざっと目を通す。合計5000万円ほどになるようだ。

 なかなかの資産家といえるだろう。かなりの額の遺産を承継したのか、あるいはキャリアウーマンとしてバリバリ働いて多くの収入を得ていたのだろうか。理知的な眼鏡の横顔を見て、そんなことを思った。


※この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一部を除いて関係ありません。

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