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不連続終活小説 Nさんのエンディング⑬

 公正証書遺言作成手続の依頼を受けると、まずは依頼者の情報に基づいて戸籍や登記事項証明書を収集し、ご本人から通帳のコピーなどの提供を受けて、推定される相続人と財産の状況を確認する。その後、ご希望に合わせて遺言書の文案を作成し、これを管轄の公証役場にメールで送信し、チェックを受ける。

 Sさんの場合、「すべての財産を妻〇〇に相続させる」と書けば事足りるが、ご本人の希望もあって不動産や預貯金ごとに財産概要を明示して作成した。公証役場からは、形式的な点でいくつか修正を求められ、これに応じて内容が確定すると、役場手数料の見積額が伝えられる。あとは、関係者の日程を調整し、予約をして役場に出向く。これには、Sさん以外に証人2人が必要で、普通は依頼を受けた司法書士とその知人の司法書士が引き受けたりする。

 公証役場では、担当の公証人の前に遺言者と証人が座り、すでに原稿用紙に印字されて出来上がっている遺言書を目の前に広げ、この内容でいいかどうかの確認を受ける。その後、遺言者と証人がそれぞれ署名捺印をし、料金を現金で支払ってすべてが終わる。その際、公証人からは、この遺言書はSさんが120歳の年齢に達するまでの期間保存される旨の説明があった。

「先生、どうもお世話になりました。ありがとうございました」

 Sさんは、安堵したようにそう言って頭を下げた。


 その約2週間後、彼は帰らぬ人となった。眠っている間に心臓発作を起こしたらしい。それを電話で報告してくれた奥さんに、私はSさんの想いを伝えた。

 彼女は言葉を詰まらせながら、

「・・・そんなふうに思ってたんですね。私にはそんなことちっとも言ってくれなかったのに・・・。遺言書のことも私に何の相談もしないで・・・」

 と言った。私は、

「がんばって間に合わせてくれたんだと思いますよ」と言った。

 奥さんは、震える声で「そうですね・・・。ありがとうございます」と言った。


※この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一部を除いて関係ありません。

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