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不連続終活小説 Nさんのエンディング②

「お電話ありがとうございます。こちらにお越しいただいてもけっこうですし、ご希望であればこちらからうかがいますよ」

 相談は随時受けつけている。同業者のなかには、出張相談を敬遠する者が少なくないが、私は厭わない。

「そんなに自由には動けないので、来ていただいてもいいですか?」

「かしこまりました。どちらにお住まいですか?」

「栄の○丁目の××マンションです」

 Nさんは、都市型マンションを多く手がける有名なディベロッパーの名前を口にした。事務所から車で10分ほどの距離だ。これなら出張料金ももらわなくて済みそうだ。もともと、これから受任して実際に業務を行なうことが見込まれるような場合は、相談料はいただいていない。

 ところで、私が所属する愛知県司法書士会では、一般の方々に気軽に法的サービスを利用してもらえるよう、様々な無料相談会を実施している。私は、時々その相談員を務めている。その際、相談者から求められて近くの司法書士事務所を紹介することがある。この「近く」がなかなか難しい。特に相続や訴訟等、高度にプライバシーに関わる場合は、あまりに近いところは躊躇されるような傾向があるように思う。われわれには守秘義務があって、当然ながら最大限配慮しているが、「近所に知られたら困る」というような思いがあるのだろうか。

 その意味では、Nさんが当事務所に電話してくれたのは、遠くはないがそんなに近くもないという絶妙な距離だったからということだろうか。もっとも、名古屋市中区のような場所では、「バレちゃ困る」というような近所はほとんど存在しないかもしれない。

 私たちは、訪問する日時を決めて話を終えた。Nさんは、時おり静かに咳をしていた。そういえば、最近めっきり気温が低くなってきたような気がする。


※この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一部を除いて関係ありません。


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